ペット

27.7.26

FKMT/森田鉄雄

自分だけ森田と呼ぶのは不公平だからという理由で、ナマエは森田をテツと呼ぶようになった。「俺はナマエと呼んでいるのに、それは渾名だろう」と言ったのだが、だからなんだ、文句があるのかと居直られては黙るしかなかった。文句どころか、少し嬉しいと思っていることをナマエは気づいている。珍しく森田に笑い掛けたのがその証拠だ。

「テツ」

まるで犬でも呼ぶかのような調子だった。窓の外から視線を外しもしない。
硝子に反射した表情からは何も読み取ることができないけれど何を考えているのか想像することは容易かった。
彼女の頭の中は銀二のことでいっぱいなのだ。出会ったときからずっとそうだ。例え森田と二人きりでも遠慮などする理由がない。そもそもこうして森田と過ごすのも銀二の心証を考えてのことであり、単純に仕事と割り切っているからでも、森田のことが好きだからでもなかった。
雨が降ってきそうだ、とナマエがつぶやいた。

「銀二さんたちは大丈夫かな……」
「問題ないだろう。何かあったときのために俺たちが待機してるんだし、向こうは降らない」

部屋の隅に丸まっていたカーディガンを拾い上げ、ナマエの肩にかける。そのまま抱き寄せると、彼女は大人しくもたれ掛かってきた。近づいたからだから石鹸の香りがする。同じものを使っている筈なのにそれはずいぶん甘く感じた。
銀二は森田とナマエが親しくなることを喜んでいた。ナマエは猫より気まぐれだ。滅多なことでは人に懐かないから使い勝手が悪いのだと銀二は言う。少しも困っているようには見えず、むしろ手がかかる分可愛いとすら思っていそうな節があるが、森田に慣れたことで仕事の効率が上がったことは事実なのだった。
ただ銀二がナマエと森田の交流を歓迎しているのには他にも理由がある。むしろ仕事とは関係ない、もうひとつの理由の方が重要なのではないだろうか。
顔を近づけると、ナマエは目をつむり唇を寄せてきた。可愛いと思う。たとえ電話が鳴った瞬間に突き飛ばされ、放り出されても恨みがましい気持ちにはならない。
二、三分の電話を終えて戻って来たナマエは嬉しそうに「銀二さんたち今日の夜中には帰るって」と言った。

「嬉しくないの?」
「嬉しいさ」
「……銀二さんに森田と仲良くしてるかって訊かれたからしてるって答えといたよ」
「そうか」
「もしかして私のこと、邪魔なのかな」
「そんなわけないだろう」

明らかに、森田から情報を引き出そうとしている目だった。探っていることを隠そうともしない。ナマエは銀二のこととなると途端に盲目的な馬鹿になる。
本当は注意してやるべきなのだろうが相手が自分なら構わないとこれまで放置し続けてきた。
とぼけるのなんて簡単だ。ナマエは森田の言葉を疑わないというのもそうだが森田も銀二の気持ちを知らないからだ。
ひとつ確かなのは銀二がナマエを心底から愛しているということだけで、愛しているからこそナマエに求めているものが何かなどわかりよう筈もなかった。
曲がりくねった愛がそこにある。ただそれだけは間違いないが。

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