俺は、俺の体の下で泣くナマエを無理やり犯してしまえるほど狂ってはいなかった。狂っていないどころか結構正気というか、理性はしっかり働いていて、はっきり「なんだこれ」と思った。ただ話を聞いてもらいたかっただけで、押し倒してしまったのは勢い余ったからで、性的な意味合いはなかったと断言できる。でも咄嗟に言い訳の言葉が出てこなかったのは、ナマエの反応がかなり堪えたからだ。
わかっていた筈だった。ナマエがいきなり俺のことを受け入れてくれるわけはない、と。こちらの世界でもナマエのことを好きでいたいと思うのは俺の勝手だし、あわよくば好きになってもらいたい、好きになってくれるのではと思うのも身勝手極まりない発想だと今朝まではちゃんとわかっていた。

「ごめんね、誠くん……」
「いや、こっちこそ……ごめん。ナマエは何も悪くないから謝らないで」

胸が痛い。張り裂けそう。

「本当にごめん。起き上がれる?」
「……うん」

少し距離を取って手を差し出すと、ナマエは俺の手を掴んでゆっくり起き上がった。小さくて柔らかい手が冷え切っていることに猛烈な罪悪感が湧き上がってくる。頬を伝う涙を拭ってあげられないことが堪らなくつらい。

「私……信じてるの。誠くんが別の世界から来たって話。自分でもなんでそんな突拍子もない話素直に信じられたんだろって思うけど、世良さんが嘘ついてるように見えなかったからかも知れないんだけど……冗談じゃないんでしょ……?」

並行世界のことはナマエに話していない。何度も話そうとしたけれど、結局言えないままであった筈だ。話したら混乱させると思った。加えて、向こうの世界での俺たちの関係は説明しづらかった。俺の期待だとか邪な気持ちが伝わってしまったら、ナマエがこれまでと同様に接してくれることはなくなるだろう。一度は玉砕覚悟で告白まですることができたのに、関係を壊すことが怖くて、黙っていることを選んだのだった。

「世良さんが話したの?」
「それっぽいことを遠回しに訊かれただけ。でも私はそれだけで納得しちゃった」

「たくさん考えた。どうするべきなのかって」

俯き加減のナマエがつぶやく。

「友だちとして過ごすのがいちばん良いと思った」
「それは……、ごめん。嫌なことして」
「違うよ。違うの……」

ティッシュを目元にあてたナマエが深呼吸を繰り返す。エアコンがカタカタいう音を聞いてリモコンを操作する。送風が止まり、リモコンを持つ彼女の腕が力なく垂れた。

「私がどれだけ誠くんのこと好きになっても、誠くんはいつか元の世界に帰っちゃうかも知れない。それで、平気でいられるわけないよ」

ここまで言われてなお、なんでもいいから彼女を手に入れたいなどという理性もモラルもかなぐり捨てた刹那的でヤケクソな気持ちになれないのはなぜなのだろう。傷つけたくないなんてただの言い訳ではないのか。勢いがナマエの不安を吹き飛ばしてくれるかも知れないのに、一歩を踏み出すことができない。

「作り話なら今すぐ嘘って言って」

ナマエの目に涙の膜が張る。ナマエの言う通り友だちでいることを選ぶか、彼女の望む通り嘘をつけばこの場を丸く収めることができるだろう。でも答えたらナマエを裏切ることになる。
嫌われたくない。
でも、どうしても、ナマエに嘘をつけない。

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