隣人

9.11.23

MUKOUBUCHI/藤永太郎

好きなだけではどうにもならないことってあるでしょう? どれだけ華やかな役が好きでも配牌や自摸が悪ければアガれないし、場合によっては邪魔もされます。流れに身を任せて小上がりで満足する方がよっぽど簡単なんです。
私は藤永さんのことが好きだけどその気持ちを押し通そうとしたらたくさんの人を困らせることになるってわかっています。どうにもならないんです。だから、ね。今夜で終わり。

「藤永さん。ハイテイです」

ハッとして声のした方を見る。そこにはいつもどおりの見慣れたナマエが座っていた。
一瞬、寝ていた? 夢を見ていたのか。
強烈で鮮明な夢だった。
ナマエの悲しげな顔が脳裏に焼きついている。あんな表情は今までに見たことがない。そもそもナマエはほとんどいつも無表情だ。最近はかすかに嬉しそうな顔を見せてくれることもあるが、それも微々たる変化で気をつけていないと見逃してしまう。

「海底……ツモりました。4000オール」
「惜しかったね、ドラ乗れば逆転あったのに」

確かに。
でもドラはナマエが抱えている筈だ。その上で二着を許されたのだとしか思えない。
なぜ許してくれたのか疑問に思ってナマエの方を見ると彼女はもう帰り支度を始めていた。ラスがトビだったらこれでやめると言っていたので始発前だがお開きなのだ。
急いでナマエのあとを追い店を出る。声を掛けると彼女は一瞬足を止め振り返ってくれた。隣に並んで歩くのはいつぶりになるだろう。

「近くにこの時間でも入れる店知ってるんだけどどう?」
「………いいえ。もう終わりです」
「終わり?」

それは夢の中のナマエも使った言葉だ。今夜で、あの一戦で、終わり。
現実のナマエは顔色を変えない。夢とは違う。でも、このままいつものように別れたら二度と会えなくなる予感がした。

「まだいっしょにいたい」

ナマエの腕を掴むと彼女は真っ直ぐこちらを見た。暗い瞳を覗き込むことで少しでもナマエの気持ちを推し量りたかった。
いつから自分は彼女にとって特別な人間だと思い込んでいただろう。時々食事に付き合ってくれるからと言って、名前を覚えてくれたからと言って、そんなことはナマエにとってどれだけ価値があるものなのか知る由もない。そんなことより麻雀の腕前の方がずっと重要な筈だ。彼女に一度だって勝てたことはないのに、どうして特別だと思えたのだろうか。

「藤永さんはやっぱり変わっていますね」

冷えた手が指先に触れる。思わず抱き寄せて背中に腕を回すと、ナマエがかすかに笑った気がした。

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