You're beautiful girl*

13.6.21

YU-GI-OH/財前 葵

ネットワーク上には、現実世界と同様に、未成年者の立ち入りが禁じられているエリアが存在する。出入りに個人情報を要求される特殊な場だ。チェックが相応に厳しいので使い捨てのアバターを利用することにはあまり意味がない。身元を隠すためには他人の個人情報を奪い、改竄して使用するのが最も手っ取り早く確実な手だろう。大半のハッカーはその手を使うし、私もその方法を採用した。

「ここにいる人たちって本当にデータ通りの人間なの?」
「そうだなぁ、八割五分くらいは本物だと思うよ」
「そんなに?」

葵は「意外にみんな真面目なのね」と言って辺りに視線を巡らせた。
真面目というか、個人情報の不正利用などそう容易くできるものではない。不正利用されていたことが公になることの方が問題なので、意外にも見逃されているケースは多いのだが、やる側は普通「絶対にバレない」と思ってやる。それくらい自信がなければ手を出さない仕事であり、趣味なのである。どこにアクセスしようが内部履歴は本人すら閲覧できないのだから個人情報の入力に躊躇う人間も今時そういないだろう。ネットに接続した時点でパーソナルデータは収集されているものだと大半の人間は理解しているから情報の申告なんて、大した障害ではないのだ。
葵が言いたいのは、私たちのような未成年者がよく我慢できているな、ということだと思う。実をいうと、未成年者には未成年者のコミュニティが存在している。こんなところにアクセスせずともネット上で淫蕩することは可能だ。葵にはここへの侵入リスクや、私たちが借りることにした男性二人のアバターについて詳しいことは話していないため、決して教えることはないが。

「思ってたより賑わってる」
「離れないでね。もしここではぐれたらすぐログアウトするんだよ」
「わかってるわ」

私たちはそっと身を寄せ合い周辺の様子を窺った。

「みんなそういう目的で来てるのかしら」
「この辺りはちょうど合法区と非合法区の境目だし、ドラッグ目当ての人もーー」
「来たことあるんだ」
「……下見だよ」

嘘ではない。そう主張したところで葵は納得しないだろう。下見ついでに何をしていたのかと追及されるのがオチだ。私は連絡通路の向こうを指差して葵の視線を誘導した。実はここにもデュエルできる店があって、まずはそこに葵を連れて行こうと計画していたのだ。
連絡通路を渡ると一気に人口密度が上がる。私たちが先ほどまでいた場所はいわゆるホテル街。こちら側には遊技場がひしめき合っており、外も中も賑わっているのが常だった。
私は葵の手をぎゅっと握る。外にも人が溢れ返っているのは、それだけ相手を探している人間がいるということだ。彼らは別に店の中へ入れないからたむろしているわけではない。私たちは声掛け禁止エリアに入るまで、あちらこちらから声を掛けられたがすべて無視して足を止めなかった。葵がしたいと言えば相手をするのもやぶさかではないけれど、今日は予定外のことをしないと決めている。いつも通りに振舞おうとしていても、葵が緊張していることは明白だ。葵は、いちばん地味な外装の店に入ってデュエルを始めるまで緊張していた。

「ね、ねえ。あの二人、今わざと攻撃受けなかった?」
「そうかもね」
「何かの罠……?」

ライフが削られていく目の前の二人を前にして、葵は顔を赤らめている。
この店ではライフが500削られるたびに、そのパートナーが服を脱ぐルールだ。対戦相手はいきなりブラジャーとショーツを脱がし合っていたので少し驚いたけれど、おそらく私たちの対戦相手はそういうプレイを楽しむために戦っているのだろう。ランダムで渡されるデッキを使わなければならない以上、多少は運に左右されることになるが慣れればそれなりに戦況をコントロールすることも可能だ。私たちも意識して負けることはできる筈である。相手に勝つ気があれば。
結局その勝負は私が一枚脱いだだけで私たちの勝利となった。もう一戦すると葵が二枚脱がされた。私もここで遊ぶのはまだ三回目。これはもしかすると勝つためのゲームではなく、いかにして負けるかを楽しむゲームなのかも知れない。

*

「奥が深ーい」
「ばか」
「さっきの人たちたぶんリアルでは男の人だよ」
「えっ? ちょっと……指、動かしながら話するの、やめてよ……」
「向こうも私たちが女だって気づいてたと思うなぁ。葵、すぐ演技忘れちゃうんだもん」
「だから、指、やめて……」
「痛い?」
「そう、じゃ……なく、って」
「気持ち良いよね」

私は後孔に差し入れていた中指と薬指を軽く曲げ、腹側の肉壁を擦ってやる。すると葵のからだ……いや、何者でもないその入れ物がベッドの上でびくりと跳ねた。
慣れたアバターでなくてもこんなに感じるのだな。私は興味深く、目の前の肢体を観察する。
シーツの波間を揺蕩う色素の薄い髪に白い肌。薄い皮の下に若々しい筋肉。葵が男に生まれていたらどんな姿だったろう、と考えながらハッキング対象を選んだ。無数に存在するネットアバターの中から葵の依り代に相応しいものを探し出すのは骨が折れたが、時間をかけただけのことはあったと思う。
このアバターはとても完成度が高い。上気した頬の質感も、舐めた唇の柔らかさも、平たい胸の感触も、製作者のこだわりが強く伝わってくる。リンクヴレインズでデュエルをすること以外に使われていないのは、もったいないと感じるほどに。きっと正式なアバターの持ち主とアバターの製作者は別人なのだろう。アバターを自作できない人間は代行に頼るほかない。これだけ精好な、作品とも呼べるアバターを作るには相当金が必要になるが、逆に言えば金さえ積めばいくらでも自分の好きなようにカスタマイズしてもらえるし、好きなように扱える、ということだ。アバターをどう使おうと誰にも文句は言えない。もちろん製作者にもその資格はない。
私は節張った男の手で、本来葵にはある筈のない屹立した性器を握り、強く上下にしごく。断続的な喘ぎ声に私の鼓膜は揺さぶられていた。手の中が熱い。思いつきで自分の足の間で硬くなっているものと手の中のそれを擦り合わせながら葵らしきものに覆いかぶさる。それが震えるくらい気持ち良かった。葵の腕が首に回されて、耳に触れる生暖かい声が、葵の声に聞こえてくる。いつも学校で私を呼ぶ葵の声だ。ナマエ、と呼ぶ声が頭の中で残響していた。
「うっ……あ……」目にうっすらと涙を浮かべた葵が喉を反らす。
天蓋の内側にこもっている温度が、いやに現実味を帯びていた。ここには存在しない頭が作り出しているものとは到底思われない温度が確かにそこにある。
でも……。
「あっ……ナマエっ、ナマエ……」
葵がここにいないのは確かだ。私は一切の運動をやめ、じっと二つの瞳を見詰めた。からだの先端で快楽がわだかまっているのがわかる。
ナマエ……?」
急に動くことをやめた私を不審に思ったのか、葵もかすかに理性を取り戻し、理知的な光を灯した目でこちらを見返してきた。

「続きは戻ってしようよ」
「……どうして?」

どうしてもだよ。
次の瞬間には二人分のアカウントをログアウトさせて、二人、葵の部屋に戻っていた。私はソファに凭れていた葵をすぐさま押し倒し、スカートの中へ手を入れる。左の耳と、右の耳、そのうち片方から聞こえてくる粘着質な水音は、現実のものではない。私は先ほどまで触っていたアバターの触り心地を思い出す。
「めちゃくちゃ濡れてるね」
葵は呆れたようにため息を吐いた。「ナマエのせいよ……」
「うん、私以外のせいだったら妬けちゃうな」
私は今度こそ、葵の中に私の指を侵入させる。一瞬だけ、ん、とからだを硬くした葵が愛しい。これだけで私はオーガズムを迎えそうだった。やはり、こうするなら、葵が葵としてそこにいなければならないのだと痛感する。

「葵……」

私の中指にとてつもない才能が眠っていたことを教えてくれたのは葵だった。もしも私の人生に財前葵という少女が現れなかったら、私はその隠された才能に気づくことなく生涯を終えていたことだろう。私のからだが葵以外の誰かを悦ばせるために使われる日がくるなんて想像ができない。この指は、今この瞬間に限ったことではなく、永遠に他の誰でもない、葵だけのものだ、葵のために存在している、と私は信じていた。
親指も人差し指も中指も薬指も小指も、すべて葵のためにある。葵の髪を撫で、頬をなぞり、彼女が着ているブラウスの釦を一個ずつ外すためにある。流行りのマニキュアを塗ることもなく、爪を短く切って丁寧にやするのは葵を傷つけないよう最大限の注意を払ってのことだ。
傷ひとつない葵の白い肌はなめらかで触り心地が良い。柔らかな太腿に頬ずりしていると堪らずため息がこぼれた。
葵の手が私の髪を握る。私はその手を取ってより温かい部分に口づける。
葵が、ただそこにいてくれるだけで気持ちが高揚した。ご褒美と名づけられた施しなど要らない。私を自由にし、葵に奉仕することを許してくれれば私のからだは満たされる。

「葵、可愛い」

私は臍の少し下を指の腹で押しながら泥濘むそこに二本目の指を差し入れる。指を挿入している場所から黄金色の液体が溢れてくる様を想像すると、頸から尾てい骨目掛けて、悪寒に似たむず痒さが走り抜けていった。
葵が私の下で呻く。声を漏らすまいと必死に快感を堪えている。乱れる唐茶色の髪が一部房になり、シーツの上で跳ねていた。私は、いつもきれいに整えられている葵の髪が好きだ。葵のようになりたくて、彼女と同じになりたくて、長く伸ばしていた髪を思いきり切ったこともある。葵は毎月美容室に行って髪を整えているというから私はすぐに真似できなくなったけれど、取るに足らない数日間が幸せな思い出として記憶に残ったのだからそれはそれで良かったのだろう。そのとき葵は「首が見える」と言い、髪の下から手のひらを滑り込ませ、そこを撫でてくれたのだった。
私は自分で自身のそこを撫でてみる。葵に触られたときのような悦びはまったくと言っていいほど感じない。

「こっち見て葵」
「な、に……?」

二人の吐息が混じり合うと頭の中がにわかに白んだ。葵の柔らかな唇から伝わってくる熱にからだの芯まで侵食され始めた私は、絡めた指をもう離したくないと思ったが、それと同時に、いつの日か葵は私の元を離れて行くのだろうという諦念にも似た確信が皮膚の下を渡っていくのを感じた。きっと彼女はある日突然いなくなる。しっかりと絡めていた筈の指をするりと解いていなくなってしまう。
そのときは、葵が身近な男の子に恋をしたら、訪れるのかも知れない。
長い息を吐いて、集中。記憶を呼び出す。
ついさっきまで私が着ていたアバターはどんな顔をしていただろう。自分の方もなるべく私自身に似通ったところのあるものを選んだように思うけれど、葵はちゃんと、それがナマエであることを正しく認識できていただろうか。
葵にはどうか、私とは関係ない、私の知らない男の子を好きになってもらいたい。男の子に恋をした葵は、当然のように「恋人ができたの」と報告してくる筈だ。そして私たちがしてきたことなんてなかったみたいにその人を私の前へ連れてきて、ふとした隙に見詰め合うだろう。葵が選んだその人は善良で、無邪気で、純粋だから、何も知らずに私をナマエさんと呼ぶに違いなかった。葵の友だちとして私のことも大事にしてくれると思う。
悔しいだとか、悲しいという気持ちは湧いてこなかった。そのときになってみなければわからないが、私はおそらくありのままの現実を淡々と受け止めるような気がする。私がいちばんに優先すべきは葵で、葵の望む通りに、というのが私の望みだからだ。
「普通の友だちはこんなことしないよね」情事が終わったあと、葵がぽつりとつぶやいた。
私はその声を背中で聞きながら下着に足を通す。「でも私たち友だちでしょ?」
普通の友だちではないならば、普通ではない友だちなのだろう。キスしようが同じベッドで眠ろうが、友だちじゃなくなる理由にはならない。私たちはこれからもずっと友だちだ。

「私からしてみたら、葵と葵のお兄さんも普通の兄妹関係じゃないよ」
「でも、兄妹よ」
「そうでしょ。普通かどうかなんて関係ないんだよ。私たちは友だちだし、葵とお兄さんは兄妹だよ。葵はお兄さんのこと好き?」
「それは、家族だもの」

私は葵の言葉に含まれる成分を注意深く観察してみたが、そこに恋愛感情らしきものを見つけることはできなかった。「家族だもの」は素直に「家族だもの」なのだろう。葵のお兄さんには一度だけ会ったことがある。きっと葵のお兄さんも葵のことを同じように想っている。
「義理のきょうだいとは結婚できるんだよね、確か」
「そっ、そういう好きじゃないから」
葵が少し慌てた様子で応えた。言われずとも「そういう好き」でないことはわかっている。

*

翌日、葵が先に帰ると慌てて学校を出て行ったので、私はひとり下校していた。仲の良いクラスメイトは何人かいるが、葵と帰らないからといって他の誰かを誘う元気はない。

ナマエさん?」

背後からゆっくり近づいてきた乗用車の窓が開く。横付けされた車から顔を覗かせたのは、葵の兄である財前晃という男性だ。昨日の今日で、タイミングが良いと言えばいいのか悪いと言えばいいのか。昨夜はこの人が家を留守にするからと葵が暮らす家に泊めてもらったが、そこで何をしていたのかはもちろん知られていない。
もしも昨夜のことをお兄さんが知ったらどう思うだろう。私がぼんやりとそんなことを考えていたら、お兄さんは何を勘違いしたのか慌てた様子で「私は怪しいものではない」と弁明し葵の兄を名乗った。こういう些細なところが葵と似ている。
私はお兄さんの誘いに乗って放課後を楽しむことにした。
クレープ屋の前で降ろされたときは少し意外に思ったが、なんてことはない。モスグリーンの壁面に蔦が這う、質素な外観。鉄製の控えめな看板を見て、葵が見逃すところだったと言ったのをよく覚えている。お兄さんも葵から話を聞いたのだろう。葵はお兄さんが何を考えているのかよくわからないと言うが、それは距離が近すぎるせいだと思う。こんなにもわかりやすい人はいない。
お兄さんはこの間葵が食べていたのと同じ、苺の乗ったクレープを注文していた。

「学校で葵はどんな様子かな」
「どんなって……普通ですよ」

普通、というのは便利な言葉だ。相手と良好な関係を築くべくその言葉を解釈すれば、場が丸く収まる。
私はティーポットから紅茶を注ぎ入れ、ミルクで色を濁す。砂糖はひとつ。カップの中身をスプーンでかき混ぜている間に、お兄さんはコーヒーを一口飲んだ。

「いじめられていたりはしないだろうか」
「それは絶対にないです」
「そうか。実は葵からきみのことはよく聞いていてね。ナマエさんがいれば安心だな」

フォークとナイフで丁寧に切り分けられたクレープがお兄さんの口に運ばれていく。私も手元のクレープに生クリームとオレンジソースを絡めて咀嚼した。
私とお兄さんはなんとなく波長が合った。葵に対する想いが同じ方向を向いているとでもいおうか。私たちは平行線上に立っており、交わる心配がない。だからぶつかることもないだろう、と安心していられた。
私は店内にかかるボサノバの切れ目でフォークを置く。

「葵を傷つける人間を、私は許しません。万が一のことがあれば……何十倍にもして仕返しします」
「ありがとう。葵は良い友だちを持ったな。だけどナマエさんが傷つけば葵も悲しむだろう。何か困ったことがあったら無茶はせず大人を頼ってほしい」
「学校の先生とか?」
「私でも構わない」

学校で起こるようなトラブルなら基本的に私ひとりでなんとかできる。葵にもバレないよう、報復までしてみせる。私が困るとすれば、ネットワーク上でのことだろうが果たしてそのときお兄さんを頼ることができるだろうか。
葵のお兄さんはSOLテクノロジー社に勤めている筈だ。それも役職に就いていると聞いた覚えがある。自分のやっていることを振り返れば、お兄さんは頼れる存在ではなく、逃げるべき相手になる可能性の方が高い。葵のことも巻き込んでいるのだから、なんとしても知られないようにしなくてはならなかった。
「葵を悲しませるようなことはしません」
「ああ。約束してくれ」お兄さんは真面目な顔で言う。
私は慎重且つ不自然にならぬよう細心の注意を払って返事をした。「お約束します」
葵の大切な家族であるお兄さん。葵はお兄さんをとても大事に思っている。葵が大事にしているものは私にとっても大事なものだ。もしかしたらお兄さんもそのように考えているのではなかろうかと不意に思いついた。お兄さんが私を大切に扱ってくれるのは葵が私を大切に扱ってくれるからだ。私もお兄さんを大切に扱いたい。当然お兄さんのことを傷つけたり、悲しませたりしてはいけない。
「よかったら番号交換しませんか」
「もちろんだよ」
私たちが番号を交換している間にまた、BGMが途切れる。アドレス帳を確認して、私はこっそり息をついた。これで別の角度からも葵を守ってやることができる。
店を出たあとはお兄さんが車で家の側まで送ってくれた。たった一日留守にしただけなのにずいぶん久しぶりに帰ってきたような気分だ。誰もいない、真っ暗な部屋。葵の部屋と比べると格段に狭いが家具も少ないので殺風景に感じる。
私は棚から胃薬を取り出し、水道水で三錠飲み下した。胸焼けだ。私は自分で意識していたより甘いものが苦手なのかも知れない。
端末の電源を入れ葵から連絡がきていないか確認する。『さっき葵のお兄さんと偶然会いました』とメッセージを入力して、一括消去。何が悲しくてこんな言い訳がましいメッセージを送らねばならないのだろう。私は端末をソファの上に放り投げ、洗面所で顔を洗った。
葵とはどうせ明日も学校で会えるのだからわざわざ連絡する必要はない。直接顔を付き合わせて話すより、電子媒体を挟んだときの方が本心をうまく隠せないなんて嘘みたいだ。

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