何をしていたんだっけ。
目の前がちかちかする。
確か、アラガミを追っていたら乱戦に巻き込まれてーー目の前に、ミサイル。
防げない。
私は討伐任務に出ていたんじゃ……。
誰かが私の名前を呼んでいる。
私、死んじゃうのかな。
「……夢?」
何が?
「夢だよ」
男の声が答える。
いったい何が夢なのだろう。どこまでが夢でどこまでが現実だったのだろうか。
私は右腕に感じる温もりに目をやった。ここも境界線が曖昧だ。触れ合っている場所から疑惑が立ち上る。
隣に立つリンドウさんが「なぁ」と言って、こちらを向いた。白く煙った世界に色が差した。
「約束してほしいことがあるんだがな、いいか」
「はい」
いいもなにも、尊敬してやまないリンドウさんの言葉を無碍にできる筈がない。
約束。良い響き。視線が交差して、胸に痛くて甘いときめきが広がった。
大粒の雨が傘を揺らしている。色の変わったリンドウさんの肩口とその向こうに見える極東の景色。視線をさまよわせ、長い沈黙をやり過ごした。
「絶対に死ぬなよ」雨脚が強くなりリンドウさんの声が掻き消される。
「死ぬな」
「今さらですか」
「死ぬな」はリンドウさんの口癖みたいなものだ。改めて約束するまでのことでもないだろう。リンドウさんは存外真剣な表情をしていたが私はほんの少し笑ってしまった。釣られてか、リンドウさんも微笑む。ずっとこんな時間が続けばいいのに。いつまでもこの時間に閉じ込められていたい。
私の返事を促すように傾げられた首に視線が吸い寄せられた。
空気の冷たさも、雨が足元を濡らすのも、まったく気にならなかった。
「何度言ってもいいだろ?」
「そうですね」何度言われても良い。
心配してくれているのだと思うと酩酊したようにからだがふわりと軽くなる。
「何度言っても良いと思います」
「だよなぁ」
でもお前は笑ってる。そんな声が聞こえた気がした。
先に扉をくぐった私の位置からでは傘を閉じるリンドウさんの顔は見えない。
笑ったのは慢心しているからではない。私が笑ったのは、「約束」が当たり前過ぎて、期待していた特別な何かになり得なかったからである。
私は大勢いる部下の内のひとりでしかなく、憧れを告げることも許されないと気づいたのはこのときではなかったけれど。
***
「嫌な夢……」
消毒液と嗅ぎ慣れた煙草の匂い。視線だけ動かしてベッド脇を確認する。リンドウさんが腕組みをしたまま居眠りをしていた。
からだが動かしづらかった。動かそうとすると全身に激痛が走る。
私は視線を正面に戻し目覚めたとき同様、白い天井を見詰めた。夢は、苦々しい過去の記憶でしかなかった。
何も知らなかったのだ。神機使いとなって日の浅い私は何も知らなかった。ただ、強くて、優しくて、頼りがいのある雨宮リンドウという男に憧憬の念を抱き、連れ立って任務に出られることが嬉しくて堪らなかったあの頃。話がしたいと極東支部の屋上でふたりきり。ひとつ傘の下で約束は交わされた。
あの日「お前はがんばり屋だからな」そう言われて、私は心に誓った。リンドウさんのために死なない。リンドウさんのために。
リンドウさんみたいになりたかった。たくさんの人を守れるようになりたかった。たくさんアラガミを狩って、役立つ私になる。
それはあくまで私個人の目標でリンドウさんには関係のないこと。自己完結してしかるべきことだ。でも、リンドウさんに褒められることは名前も知らない誰かに感謝されることより素晴らしいことのように思えてならなかった。
私の中で打算がはたらいていたのは間違いない。
瞼を閉じてリンドウさんの気配を探る。
じゃあ、これからどうするの?
そう自身に問いかけてみた結果がこの様だった。あっという間に自分を見失い、生死の境をさまようことになろうとは。
私はこれからも神機使いとしてはたらく義務があるし、仕事に対する誇りだって……確かに持ち合わせている。
「ナマエ……?」
目尻から冷たいものが流れ落ちていく。
「リンドウさん」
「ここにいるぞ、大丈夫か?」
「ごめんなさい」
リンドウさんは気にするなと言って私の額に触れた。
ごめんなさい。足を引っ張ってしまって。
それから、好きになってしまって。
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