レテの川*

13.6.21

YU-GI-OH/赤馬零児

「愛している」と言われたらぼくは「ふぅん。そうなんだ」と答えなければならなかった。「ぼくもだよ。ぼくもきみを愛しているよ」本心ではそう思っていてもそんなふうに考えていることすら悟られるわけにはいかない。ぼくは、クールぶって、高慢を気取って、彼の言う「愛している」をするりとかわすことを求められている。
赤馬零児は素っ気ない男がお好みなのである。自分の愛を容赦なく切り捨てていけるような男が。別段男が好きだというわけではないらしいが、赤馬零児は「女の愛は重たくて息苦しい」そう言って女を拒否していた。もちろんそんな言葉を鵜呑みにしているわけではない。どれだけの愛を求め、注ぎたいと願うのかは個人の資質によるところが大きいと思う。女だから愛が重いわけではない。事実赤馬零児の愛だって、軽いとは言い難い。
ぼくはカップ麺の蓋を開け、容器に箸を突っ込んだ。赤馬零児の仕事が忙しいとぼくらは平気でひと月ふた月と会わずに過ごす。その間の食事は極力質素にすませるようにしていた。誰が見ているわけでもないのにばかみたいだが、そうやって日頃から意識していないと赤馬零児の望むぼくを成立させられないのだ。
放ってはおいたらの垂れ死んでしまいそうなくらいののろまなぼく。恋人がいなければまともに食事をすることもできないぼく。寂しくても寂しいと言えずに、赤馬零児からの連絡を待ち続ける健気なぼく。
本当のぼくは家事が得意だし、別に赤馬零児がいなくても規則正しい生活を送ることができる。寂しいときは電話をかけて「声が聞きたかった」くらい言えるのに、部屋の惨状を眺め回すとぜんぶ妄想なのではないのかという気がした。
食べ終わった空容器をコンビニのビニールに捨て、ついでにテーブルの上にあった紙皿を回収し口を縛る。赤馬零児が次に誘ってくるまで現状を維持しなければならないのかと思うとうんざりした。
ソファに乗っていたごみ袋を床に下ろして横になる。ここまでやる意味なんてなかったのかも知れない。でも、今さらだ。赤馬零児がぼくに抱いているイメージを壊さないように大切に扱っていたら自然とこうなっていた。どのくらいまでなら彼をがっかりさせずに素を晒け出してよいものか、ぼくには加減がわからない。
赤馬零児にはぼくより先に付き合っていた人がいる。女性の恋人だ。ぼくたちが付き合い始める以前に写真を見せてもらったことがあるがとてもきれいな人だった。街を歩けばすれ違う人間すべてが振り返りそうな美人。知的な目許に、優雅な微笑が浮かぶかんばせ。手入れの行き届いた長い髪、華奢な手足……。
二人がいつどんなふうに別れたのかは知らない。それでも赤馬零児が女はもういいと言いたくなるような付き合いをしていたことだけは想像できた。赤馬零児が、すべてにおいて満足いくところがないぼくを選んだのは、その彼女との破局が原因なのではないか、と思う。
赤馬零児が求めるぼくと彼女とでは何もかもが違う。ほとんど真逆だ。つまり、前回失敗したから、今度は失敗しないように考えた結果、ぼくを選ぶことになったのだろう。そのぼくも本来なら、赤馬零児の理想とはだいぶ異なるものの、幸いなことに、彼の望む姿を演じるのはそれほど苦ではない。汚い部屋と、バランスの悪い食事とを我慢するだけで、やってやれないことはなかった。それで赤馬零児の気がすむなら、それで気持ちをつなぎとめておけるなら安いものだ。
ぼくと別れることになった赤馬零児が三番目の恋人に女を選ぶとしたら、耐えられないと思う。
女は嫌いだ。黙るということを知らない。いつもかまびすしく口を動かしてはひとの悪口を言い愚痴を吐き出し男を都合よく品定めするくせに自分たちが云々されるのは我慢ならないとでも言うかのように方眉を吊り上げる。仲のよかった友人は、そんな女ばかりではないと反論したがそういう女と、そうでない女、どちらがどれだけ多いかなんてことはどうでもいい。ぼくの周りにはそんなのしかいなかった。それで充分だ。
ぼくは寝返りを打って目を閉じる。
赤馬零児は女が嫌いなわけではないのだ。ぼくと同じ気持ちではない。どちらでもいいし、誰でもいい。
瞼の裏で白い光が爆ぜた。
玄関の鍵が開く音。
ぼくは眠っているふりをする。
「またこんなに散らかして……」
赤馬零児の嬉しそうな声が近づいてきて、ぼくの顔を覗き込む気配がした。
「ただいま」
どこまでも優しい口づけが鼻先に落とされる。
赤馬零児がぼくの返事に期待していないことはよくわかった。

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