砕け散った青空

13.6.21

YU-GI-OH/榊 遊矢

ことが終わってみるとなんてことなかったようにも思えた。
私の中に恨みつらみというものは、おそらく、ない。多少混乱しているけれど何が起きたのかは正しく理解しているつもりだし、自分が特別鈍いというわけではないと思うが遊矢を責める気にはなれなかった。
やめてと泣き叫んでもやめてくれなかった遊矢。痛いと言っても抜いてくれなかった遊矢。私の手首を力任せに押さえつけ、首筋に歯形を残した遊矢。
私は、自分自身の心配をしても良いのだろうか。
痛む手首を撫で擦りながらぼうっと視線を宙に漂わせる。
それは許されないような気がした。
私が悪いわけではない筈だ。でも、遊矢を責めることもできない。途中から大した抵抗もしていないのだし、受け入れたも同然ではないか? そんな人間が自分の心配?
遊矢に頬を張られたからではなかった。怖くて、もっと酷くされるのが嫌で、従ったわけではない。泣いている遊矢を見たら可哀想に思えて私は拒むことをやめたのである。
――柚子。
遊矢がいちばん知られたくない相手は柚子だろう。私は……私は特に思いつかなかった。強いて言うなら誰に知られるのも嫌だ。誰に知られてもいっしょだ。
柚子にも、塾長にも、年少の子どもたちにも、学校の友だちにも、両親にも、誰にも知られたくない。

「ごめんナマエ……俺、どうかしてたんだ……ごめん……」

泣いている顔を隠そうともしないで遊矢が言う。
私はベッドの上で視線だけを動かし、その顔をまるで他人事のように眺めながら答えた。

「いいよ。心配しないで、大丈夫。誰にも言わないから安心して」

声が枯れていた。咳払いをしてからだを起こす。
うわ言のように繰り返される「ごめん」。私はもう泣いていないし、怒ってもいない。許すと言っているのになぜ謝るのだろう。
遊矢は、いったい誰に謝っているのだろうか。

「私は今日のこと、忘れるよ。何にもなかった。それでいいでしょ?」

どうして遊矢があんなことをしたのかはわからないが本意でなかったのは確かだ。ならばお互いのために忘れた方が良い。遊矢もそうして、と言うと彼は首を横に振って提案を拒んだ。
私は肌寒さを感じてシャツのボタンに手をかけたが第二ボタンも、第三ボタンもあるべき場所についていなかった。むりやり引っ張られて弾けとんだらしい。

「忘れられるわけないだろ……っ、こんな酷いことしたのに!」

そうかも知れない。でも遊矢に私の提案を断る権利なんてないと思う。

「酷いことしたと思ってるなら忘れてよ。別に遊矢のために言ってるんじゃないんだから。私が、なかったことにしたいの」

遊矢が口を噤んだ。
もしかして、嘘でも最後まで抵抗するべきだったのだろうか。そして遊矢を恨んでいると一言、言ってやれば彼は救われたのではという気がする。
遊矢が忘れてくれないと。
遊矢が忘れてくれない限り私は救われない。
「絶対に忘れてよ」と言った私の声は自分でも驚くほど抑揚がなく、冷然と響いた。

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