魔法使いとして生まれた自分が、両親兄弟、その子や孫よりも長生きすることは幼い頃から理解していた。私の生まれた村には他にひとりの魔法使いが暮らしていて、幸か不幸か両親が秘密にしておきたがっていたおおよそのことをその人が私に教えた。口にはしなかったけれど両親はその魔法使いを嫌っていたと思う。おそらく二人は私から魔法を遠ざけたがっていた。真意はよくわからない。今でこそ人の心は覗くまでもなく読めるが、当時はまだうっすらとしか感じられなかったからだ。
訊いておくべきだったのかも知れなかった。出会った多くの魔法使いたちは、大概が家族のことなど忘れたと口にしたので私もいずれは忘れてしまうものと思っていたのに、意外にも原風景は鮮明である。母に、父に、兄に、弟に優しくしてもらったこと、有限の優しさに守られていたことをこの先も忘れることはないだろう。
優しさに限りがあることに気づいたのは、兄が恋人を家につれてきた日のことだった。嫌われてはならないと必死に心を探ってわかった。彼女は会う前から私を嫌っていたし、彼女の影響で兄も私を厭うようになる、と。
私は乾いた土を一掴みし、風下に蒔く。風に乗ってその小さな砂粒は目の前から消えていく。ここはかつて私の生家があった場所だが今は見る影もなく荒廃していた。
悲しいのか、寂しいのか、自分の選択を憂いているのか、後悔しているのか、自分に問いかける。優しさが枯れるまで家にしがみついていた方が幸せだったのだろうか。そうしていたら、シャイロックにあんな顔をさせることもなかったのだろうか。
顔を上げるとシャイロックがそこに立っていた。こんな寂れた場所に用がある筈もない。わざわざ私を探してくれたのだ。シャイロックは私を見つけるのがとてもうまかった。
「先ほどは言い過ぎました。あなたの自由を侵害するつもりはなかったんです」
「シャイロックの言うことは正しいよ。人間ばかりと遊んで、最後は自分から捨てられにいく。でもひとりにはなりたくないから、何度も繰り返す」
「……嫉妬せずにはいられませんね。あなたに好意を寄せる誰よりも私の方があなたを理解しているのに」
シャイロックの指が私の髪をひと掬いして耳にかけてくれた。
「わかっているからでしょう? ナマエ。あなたに群がる人間は、あなたが纏う甘くて淫靡な香りに惑わされていることを。特別な相手と結ばれたいなどと考えるのはおよしなさい。そんな人間がいたとして、見分ける術はありません」
魔法をコントロールできればそれも可能かも知れない、と言いかけて口を噤む。コントロールできるならとっくにいている。この問題は私が魔法使いとして存在しているだけで未来永劫ついて回る類いのものだ。私は何もしていない。何が原因なのかもわかっていないのだった。
シャイロックの指が私の唇をゆっくりとなぞった。一粒のシュガーと共にその指が口内へ侵入してくる。この美しい指が私を捕まえようとしたことは今までになく、シャイロックが何を思って私に指を舐めさせるのかは想像することすら難しい。長い夢から覚めたようにシャイロックに感じていた反抗心が溶けてゆく。ずっと遠くから意味ありげな目を向けていただけのこの人が今は私を見ている。
「誰もがナマエに恋をする。誠実に生きていてはまいってしまいますよ」
私はシャイロックの指を軽く噛んだ。ゆっくり引き抜かれた指から銀糸が垂れる。
西の魔法使いらしい物言いだと思った。ベネットの店主らしい言葉。先ほど店の前で「ふらふらするのもいい加減にしなさい」と言ったのは誰だったのだろう。シャイロックだと思ったのだが、今となってはわからない。だって誰もが私に恋をすると言いながら、目の前にいるシャイロックは私に恋をしていると言わないのだ。
きっと仲直りしたら元通り。明日からも私たちは友人同士で、私は変わらず人間の男を求めているに違いない。
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