ヒーローというものに強い憧れを抱いていた。幼い頃に観た映画の影響だ。改造手術を受けさせられ圧倒的力を得た代わりに、醜悪な姿へと変貌を遂げた主人公が、人間を恨みながらも世界のために戦う。そんなストーリーだった。彼は自分を怪物たらしめた人間を決して許さなかったけれど、「強者には弱者を守る義務がある」と言って命尽きるまで人類のために尽くした。
このご時世、強くなければ生き残ることはできない。強くありたい。どうせ力を持てるなら彼のように弱きを助けられる人間に。ナマエは神機適合試験を通過した際、怪物主人公の勇姿を脳裏に浮かべながら、そんなふうに思った。
ゴッドイーターというのはナマエの想像していた人間の限界など容易く飛び越えた存在だ。特に目に見える変化はなかったものの、偏食因子を投与されたからだはやはり普通ではないと感じる。ヒトでなくなった者は自身がヒトでないにも関わらず人類への奉仕を余儀なくされる構造は歪つだ。でも、奉仕される人間が偉いわけではない。あからさまに得をするわけでもなく、安心を得られるわけでもない。どちらの立場も同じだけつらいことをナマエは知っていた。映画のおかげもあるし、実際どちらの立場も経験したからでもある。
ナマエは現状を恨んではいない。感謝されないどころか逆に恨み言をぶつけられても構わないと思っていた。守られるべき人を守るのがナマエの義務だ。強さは余裕でもある。余裕があればできることも増える。それだけたくさんの人を守ってやれる筈だった。
もちろん、ナマエの庇護対象は民間人に限定されていない。自分より弱い者はみんな守ってやらねばという気がする。たとえゴッドイーターでも。
そしてそれも自分になら可能だと思っていた。

「お前が優秀なことは十二分にわかっているが、あいつももう新人ではない。さすがに気を回しすぎだ。フォローもほどほどにしてやれ」エレベーターに乗り合わせたツバキ教官はおもむろにそう言った。
階数パネルから視線を外し背後を見やる。あいつ、というのが誰のことを指しているのかは訊ねるまでもない。

「コウタを見ていると危なっかしく感じます。未だに、です。最悪の事態を回避できるなら疎まれても構いません」
「疎まれている自覚があるならなんとかしろ」
「そうですね。努力はしてみます」

ナマエはケージを降りて目礼する。扉が閉まる直前に見えたツバキの表情はなんとも形容しがたいものだった。こんなやり取りは今までに何度かしているからツバキにもわかっているのだ。ナマエが思う努力をしても結果は変わらない。
自分と、他の隊員とでどうしてこうも違うのだろう。ナマエにもその点は疑問だった。同じようにフォローしているつもりなのにコウタはナマエにだけ反発する。できれば仲良くしたいものだ。感謝される必要はないけれど嫌われたり、疎まれたりするのは本意ではない。
ナマエは考えた末に、その日の任務はツバキの言う通りにしようと決めた。余計なお節介はなし。そうしたところでコウタとの関係が格段に良くなるとは思えないけれど、もしかしたら本来、彼に援助は必要ないのかも知れない。それを確かめようと思った。
そして確かめた結果、やはり、コウタは守られるべきなのでは。という方向に気持ちが傾いた。
ナマエはコウタを見下ろしながら思案する。
ナマエとコウタは敵を分断し一対一で撃破に臨んだ。作戦を提案したのはコウタだった。当初はコウタが大型種、ナマエが中型種を相手取り、討伐が終わった時点で合流する手筈だったのだが敵の増援に手間取ったナマエはなかなかコウタの元へ向かうことができなかった。到着したときすでに戦闘は終わっていたが、コウタがどうなっていたかというとこれだ。
医療知識はさほど持ち合わせていないナマエにもコウタの足が折れているということはわかる。
無線が入った。アナグラの神機使いは出払っていて救援を待つとなるとそれなりに時間がかかるらしい。どうしますか? と新人オペレーターが不安そうな声を出す。
「すぐ帰投ポイントに向かいます。技術部を待機させておいてください」
『わ、わかりました。お気をつけて』
これしきのことで救援を待っていては仕事が立ち行かない。現状、非戦闘員である救護班を戦闘エリアに入ってこさせるわけにはいかないので#name2とコウタは帰投ポイントまで自力で歩く必要があるけれど、大したことではなかった。
「最悪」ナマエに無理やり背負われたコウタは力なくそう言った。

「神機持って行けなくてごめん。コウタ運んだら取りに来るから」
「……そうじゃねえよ」

何か見当違いなことを言っただろうか。どういう意味なのか多少気になったがコウタが予想に反して重く、口を開くと息が漏れる。すでに体力を消耗しているとはいえ、コウタもも男の子なのだ、とそのとき初めて意識したような気がした。
それならさっきの言葉も、プライドが傷ついたというような意味だったのかも知れない。仲間なのだから気にしないで良いのに。男だとか女だとか、できるからやるだけなのに。ナマエはそう思うのだがコウタは違うのだろう。
しゃべる余裕がなくて良かった。言えばおそらく喧嘩になる。どうして自分がコウタを苛立たせるのか、原因がなんとなくわかった。

「ねえ、民間の人守るのに必死なのはわかるけどさ、何で俺まで……その、守ろうとするの?」

汗が顎を伝って滴り落ちる。自分の神機とコウタの総重量は相当なものだ。歩いているだけなのにかなりきつい。
ナマエは一度深呼吸をした後、振り返らずに答える。「強い人には弱い人を守る、義務があるから」
するとコウタは不満気に「俺のことも弱いと思ってるってこと?」と言った。怒らせるだろうか。ようやくそんなふうに考えられるようになったナマエだったが嘘をついても仕方ない。
「私よりはね」
それ以降コウタは口を利かなかった。帰投ポイントでコウタを下ろしたナマエは思う。悔しそうな顔をしたコウタ。彼はすぐ、自分に守られる必要がなくなるだろう。予感、というのだろうか。昨日までは間違いなく心配な存在だったのだが、なんとなく、もう大丈夫な気がした。
ナマエは技術部の人間を連れ来た道を戻る。コウタの神機を回収するために。
背中に視線を感じたがこのときのナマエに言えることは何もなかった。

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