気まぐれというより、冗談だといった方が気持ち的には近いと思う。特別な考えがあってのことではなかった。私が瑠璃と名乗ったのはちょっとした出来心であり、冗談だ。
「怒ってるの? うふふ。気づかないあなたが悪いんじゃない」疑いもしなかったでしょ? 私は黒咲隼に問いかける。
「お前は誰だ」子どもを背に庇いながら黒咲隼は言った。
「まずは私の質問に答えるべきだと思うけど……。私は誰かって、なんて答えたらいいの? 本当の名前が知りたいってこと? 本当の名前なんて知らなくても、ついさっきまで私たち、仲良くやれていたのに」
「いい加減にしろ。お前は誰だ、何者だ」黒咲隼の怒気を孕んだ声音に大気が圧迫されているような気がする。彼はこうやって他者を抑えつけてきたのか。実に野蛮だ。
私は込み上げてくる笑いを噛み殺し、瓦礫の山へ視線を投げた。きっとこの街がめちゃくちゃにされたとき、彼もまた他者を蹂躙するために都合のよい憎しみという名の感情を獲得したのだろう。やられたからやり返す。私からみればこの男のやっていることはアカデミアとなんら変わりない。どちらも同じくらい醜い。粗野で暴力的で、醜悪だ。腐った肉塊同士が互いをミンチにするべく戦う姿は滑稽ですらある。肉の集団であるアカデミアと、一個の肉である黒咲隼。違いなんてほとんどない。
私は唸る黒咲隼に視線を戻す。彼はまだ私のことを、ほんの少しだけ信じているみたいだった。いや、正確にいえば、信じたいらしい。
私だって、できることならこの遊びをもっと長く続けたかったし、続けるつもりだった。あと少しでキスのひとつももらえたかも知れないのに、本当に惜しかった。今さら修正は利かない。いくら黒咲隼に信じたいという気持ちが残っていても客観的に見て私は真っ黒だ。
「私はナマエっていうの。#name1#ナマエ。さっきオベリスクフォースの間抜けがそう呼んでたの覚えてるでしょ。あなたの妹の名を知っていたのは私がアカデミアの人間だからだよ。--どう? これで満足した?」
「なぜ瑠璃の名を騙った」
「何度も言うようだけど、冗談だった。それだけ。別に名前なんてなんでも良かった。本名を使うのはまずいかなぁと思ったから思いつきで偽名を名乗ったの」
黒咲隼は何か言いたげに唇を噛んだ。
妹の代わりに愛されてくれる、同じ名の女の子なんてどこを探してもいないよ。現実はそんなに甘くない。
おそらく黒咲隼は、ばかみたいな嘘を見破れるかどうか、それ以前の問題だったのだろう。そんなお誂え向きの女の子が存在する奇跡を疑おうともしなかったのだ。
彼の中で膨らみに膨らんだ苛立ちが適当な大きさまで萎んでいくのがわかる。黒咲隼が抱える憤懣の矛先は自分自身に向けられていた。
私に対する激した態度は表面的なものでしかない。私は最初から黒咲隼の気持ちに応えるつもりなんて微塵もなかったのだから、嘘を見破れなかった、見破ろうともしなかった彼に落ち度があったのは明白だし、私の返礼を愛情だと勘違いしたのも彼が悪いのだし、裏切られたわけではないのだと受け入れることができないのも、彼の弱さが原因だ。すべて黒咲隼自身が招いた結果なのだ。
「黒咲くんのこと、嫌いではなかったよ。どちらかと言えば好きだった」
「何を言っても無駄だ。お前が俺の敵であることに変わりはない。ナマエ……この場は退くが、お前のしたことは絶対に許さない」
「それが口だけで終わらないことを祈るよ」
私は遠ざかっていく黒咲隼らを見送り、足元の砂を蹴り上げた。
再びからだの中を恨みで満たした黒咲隼が私の前に現れる日を待ち遠しく思う。自らの意思で離れていった彼が、今度は近づいてくるのだ。
視界の端で明滅する光を見つけ、顔を上げる。迎えが到着したようだ。
ホーム
/
YU-GI-OH/黒咲 隼
/