残響の長い祭典

12.6.21

YU-GI-OH/不動遊星

七日に一便しか出ていない定期船に乗って、遊星が島へ遊びに来た。海が時化やすい今の時期、予定通りに乗船できるなんて遊星は運が良い。昨日まで何日も欠航が続いていたのに今日は雲ひとつない快晴で、波も非常に穏やかだった。
私たちの再会は、遊星がジャックを追いかけてサテライトを出てから初めてのことだが不思議と緊張はない。突然電話がかかってきたときこそ身構えたものの、遊星に私を糾弾する意図はないらしいと知って警戒する必要もなくなった。遊星が私のことをどう思っていたのかはわからないけれど、サテライトにいた頃の私は遊星のことが誰より好きで、誰よりも遊星に好かれたいと思っていた。遊星さえ許してくれるのなら昔と変わらず接したい。

「静かだな」
「こっちの方はね」

鳥の鳴き声に耳を傾けながら、私は島の構造について説明した。童実野港に対してほぼ垂直に位置するこの名もない島は横に長細く、面積にすれば大したことはなくとも東端から西端の様子は窺い知ることができない程度の距離がある。私の自宅は東端、私以外の住民が暮らす家は西端に建っていて、私は毎日西側に通っていた。

「いっしょに住まないのか」
「もちろんそうしたかったし、最初はそうしてたよ。でもうまくいかなくてね。四六時中いっしょだと私、ダメみたい。なんでもやってあげたくなっちゃって……」

ひとまず家に荷物を置いてもらい、中を案内しながらクロウやジャックの近況を訊ねた。二人ともデュエルを続けていること、元気でいること。遊星はあまり多くを語らなかったが、それだけ聞ければ満足だった。
直接話さないのかと問われて首を横に振る。鬼柳はもとよりクロウやジャックとも長らく連絡を取っていない。特にジャックに対し、私から接触を図ることはおそらく今後もないだろう。サテライトから遊星が出て行ったのはジャックのせいだ。きっと遅かれ早かれ遊星は外の世界へ出て行ったし、たまたまジャックの行動がきっかけになったに過ぎないと、頭では理解していてもなんとなくわだかまりが残っているのである。マーサハウスで暮らしていたときから、嫌いなわけではないのにジャックのことが気に入らないと感じることがあった。どんなに優しくされても嫉妬せずにいられなかったのだ。
勝手口から身を乗り出して裏庭を眺めている遊星の背中に視線を這わせる。もう二度と会えなくなっても仕方がないと諦めた人が目の前にいて、まるで恋人の名を呼ぶように私の名を呼んでくれる。遊星は私がサテライトを捨てたことをもっと気にしているものと思っていたから、そんな態度が少しむず痒い。
時計の針は九時三十分を指していた。いつもなら子どもたちに勉強を教えている時間だ。他人にものを教えるというのはひとりで勉強に取り組むよりずっと骨が折れる。私自身学校に通った経験はないので知識の偏りが酷いし、何より指導者の素質はあまりなさそうだった。
ついこの間、島で育った女の子がネオ・ドミノシティの実家に帰ったことを遊星に話す。島へやってくる子どもたちの半分は、両親が揃っている。他にも様々な選択肢のある子たちが、あるいはその親が私を頼ってくるのはなぜなのか最初はわからなかった。私が子どもたちの面倒をみたいと施設を開いたのは、私自身がマーサハウスで育ったからで、施設というのは身寄りのない子どもを守るためにあるのだと信じていたせいだ。
マーサが私の理想であり、規範だった。施設で暮らす子どもたちは私自身だと思っていた。
遊星は私の話を聞くと「そうか」と言って玄関の引き戸を閉めた。

「鍵は……ついていないんだな」
「つける必要ないもん」
「子どもたちは今頃向こうで何を?」
「畑仕事とか、釣りとかして暇を潰してると思う。遊星が来るの楽しみにしてたよ。観光客はともかくお客さんなんて全然来ないから」

私たちは玄関前に準備してあったじゃがいもの詰まった袋をそれぞれ抱えて歩き始める。
童実野港からは最悪泳いでも辿り着ける距離だが自給自足は欠かせない。先ほど遊星が覗いていた家の裏はじゃがいも畑になっているのだった。

ナマエはどうだ? 俺が来るのは迷惑だったんじゃないか」
「そんなことないよ」

遊星は私の答えを信じているのかいないのか判断しかねる様子で頷く。
仮に私が迷惑だと言ったところで、遊星が島に来たいと思ったなら私にそれを阻む術はない。私が東端の家に移った際に数人スタッフを増やしたけれど、それでも私はこの島を離れるわけにはいかないし、今度こそ逃げようがなかった。
逃げるなら、また何もかも捨てる覚悟がいる。
果たして遊星はなんのためにやって来たのだろうか。電話で話していた通り、不意に私のことを思い出したなどという言い分は信じていない。電話をかけてくる前から私の居場所を知っていたのでなければなぜ連絡を取れただろう。当然言いたいことがあるに違いなかった。

「遊星、結婚でもするの? それでわざわざここまで来たの?」
「……それなら電話で済むだろう」
「隠さなくてもいいでしょ」
「もしナマエが俺の立場でも、そんなことをするとは思えない」
「私と遊星は違う」
「そうかな」

遊星の口調はあくまで穏やかだった。灰色の空から差し込んでくる日差しのようにあたたかな、ともすれば眠たくなってしまいそうな空気で言葉を包み込み、核心から遠ざけようとする。
頭上を飛んでいく一羽の鳥に目を止めた遊星が呟くように言った。「俺といっしょに船で来た鳥だ」
「渡り鳥だよ。本土とは目と鼻の先なのに不思議だよね。たくさんの鳥がこの島で休憩してく」
「ここは良いところだ。立ち寄りたくなる気持ちはよくわかる」

そう。ここは中継地点に相応しい場所。繁殖や越冬のために渡っていく鳥たちが羽を休めるために集う島。誰もがここで過ごす時間に満足する。ここでの生活が永遠ではないと知っているからだ。
寒波の訪れとともに島は今よりさらに閉ざされる。彼らはそれより先にここを出て行く。遊星も一週間後、清々しい気持ちでここを出て行くことができるだろう。私との関係を修復し、長年抱え込んできたわだかまりを解消して。
遊星がサテライトを出てから何をしていたのか、掻い摘んで聞くだけでも私たちが別々の道を歩んでいることがよくわかった。あの日、泣きながら連れて行ってと縋りついた私を遊星が宥めすかして置いていった日に、私たちの道は別れたのだ。私が遊星への依存を捨て、ひとつおとなに近づいた日と言い換えることもできる。私はもう二度と遊星に泣きついたりしない。

「今日まで会いに来られなくて悪かった」
「いいよ、そんなの。私が勝手にいなくなったんだから」
「虫のいい話だが、俺はナマエに嫌われていないか不安だったんだ」
「嫌いになんてならない」

嫌いになれるわけがないと、遊星にはわからないのだろうか。
ちょうど通過するところだった停留所を視界に捉え、口を噤む。なぜわからないのだろうと憤るのは傲慢なことだ。私の気持ちがどれほどのものでも遊星には大した問題ではない。そう感じたからこそ私はサテライトを出た。

「それよりこれ、子どもたちが作ったの。どう?」

バスはおろか、Dホイールの一台も存在しない孤島には不必要なバス停。手書きの時刻表とぼろぼろのソファ。申し訳程度にトタンの屋根がついているが周囲に壁はなく、雨が降るたびにソファは濡れる。
遊星が片手で袋を抱え、懐かしそうにソファを撫でる様子に心臓が小さく跳ねた。
二つの瞳が私の内側を透かして見ているようだった。

「立派だな。ナマエも何か手伝ったのか」
「ううん。私は何も」

遊星の視線がバス停看板に吸い寄せられる。

「そういえばこの蔦は? 家の裏にも絡まっていたが」
「名前は知らない。でも原種じゃないらしいから、渡り鳥が運んできたものだろうって土地を貸してくれた人は言ってた」

バス停看板のポール部分に絡まっている燃えるように赤い蔦。家の裏側に密生してしまった蔦は気づいたときにむしっているので今はそれほどでもないけれど、放っておくと壁一面を覆うくらい繁茂してしまう。生命力は強そうなのに本土で見かけないのは不思議だと思っていた。この島の環境が良い具合に合っているということなのかも知れない。
ブドウ科と思しき葉に指を添え、遊星がかすかに腰を折る。
どこのものともわからない赤い葉は少し不気味だ。しかし遊星はそれをきれいだと言った。
遊星には何が見えているのだろう。遊星と同じものを感じたいが、私にとっては私の邪魔をする憎い雑草でしかない。

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