*5D's×A5クロスオーバー
<共通>
次元を超える技術というのは安売りして良いものではないと思うし、日常に組み込まれて良いものでもないとは思うのだが、平和な世界で暮らしていると多少のことには目を瞑ってもいいかという気になる。別に、液晶の向こう側へ干渉するわけでもないから、と。
「ユーゴ大丈夫かな? 負けないよね」
「そんなに心配しなくても大丈夫だろう」
私はパラドックスの隣に腰掛ける。
ユーゴが元の世界に帰ってからもう何年経っただろう。私の中のユーゴはまだほんの子どもだが、おそらくはもう十代も半ばに近い筈だ。
ユーゴが帰ってすぐ、ゾーンは言った。ユーゴのいる世界を覗き見ることは可能だ、と。そしてゾーンは定期的に様子を観察する、と。いっしょにどうかと誘われることもあったけれど私は都度断ってきた。何かあっても手出しするべきではないと考えていたから。
「私が緊張する……。こんな大舞台でデュエルしたことないし」
「ユーゴに聞かせてあげたいなぁ。いっしょに暮らしてたときはあんなに素っ気なかったのにね」
「素っ気なくないよ」
「まあ……素っ気ないというより、接し方がわからないという感じだったが」
「アポリアまで……」
お茶を運んできてくれたアンチノミーとアポリアが席に着く。
ゾーンとパラドックスが録画の確認をし終わると、ほぼ同時にユーゴの姿をカメラが捉えた。
「ナマエ。ユーゴが出てきたよ
「うん。元気そうで良かった」
「本当にね」
***
アンチノミーが「対戦相手のセレナという女の子は少しナマエに似てる」と言い出して、パラドックスがどこか楽しそうに顎を撫でた。曰く気が強そうなところが昔の私を彷彿とさせるらしい。
「ずいぶん丸くなりましたよね」
「ああ、慣れただけかと思っていたがやっぱりそうか」
「みんなそんな風に思ってたの」
液晶からそれぞれに視線を向けるとアポリアは慌てて目を逸らしたが他三人はまったく気にしていないようだ。それどころかアンチノミーは追い討ちをかけるかのように出会った頃は初対面のパラドックスより刺々しかったと笑う。
そんな話は聞きたくなかった。
「気にすることはありませんよ」
「ほら、ユーゴがスタートするぞ」
「気を使うのはやめてアポリ――あああっ出遅れてる!!」
***
「うーん」
「どうかしたのかね」
CMを見ながら唸る私にパラドックスが視線を向ける。私はDホイールに跨がっていたユーゴの姿を思い浮かべ、考えていたことを話した。
「ユーゴのデッキって、こう……。もしかしてああいう玩具で遊びたかったのかなって。私たちデュエルのことしか教えなかったけど……まずかったよね」
「……僕はDホイールの乗り方も教えた」
確かにそれは重要だ。このメンバーの中だと間違いなくアンチノミーがいちばん速いし教えるのもうまい。だが少しばかり、手柄を横取りされたような気分になる。
「にしても生放送なのにCMが長いね」
「追っかけ中継なんじゃないですか?」
「じゃあちょっと休憩」
試合はまだしばらくかかりそうだった。もうしばらく猶予があるならトイレに行きたい。
私がソファから腰を上げるとパラドックスは持て余しぎみの足を引く。
なんとなく嫌な感じだ。やはり座り直した方が良いのではなかろうか。どうした、とでも言いたげなパラドックスの目に怯む。
離れてすぐに再開したらどうしよう。
***
ナマエがトイレから戻ってくるより先に中継は再開された。コース変更があったようで、その場にいる全員の胸中がざわつく。
「そういうことはよくあるのか?」
「元々企画されてればね。そうあることじゃないと思うよ」
「何かしら意図があるんでしょう」
おそらくこの試合は仕組まれているのだろう。もしかするとこの試合に限った話ではなく、大会自体が何者かにコントロールされているのかも知れない。
ナマエが見てたいらまた大騒ぎするところだった。
「しかしナマエが騒ぐのも仕方ない。この運営状況では。ただでさえユーゴに泣きつかれて以来過保護気味だからな」
「ナマエが騒ぐのもって、ナマエいないけど」
「そう言えばトイレに行ったきり戻ってきませんね」
「まさか倒れてるなんてことはないだろうな」
倒れている?
何気なく口に出したパラドックスまでもが思わず口をつぐむ。数瞬の後、ゾーンが腰を浮かした。
「み、見てきます」
***
「ただいま」
私が戻ると三人の顔に安堵の表情が浮かぶのが見て取れた。
「無事でした」
「もう始まってしまったぞ」
「パラドックスが心配してたよ」
「余計なことは言わなくていい」
ちらと液晶に視線を向ける。やはり間に合わなかったか……。でも当然だ。私は急がなかったのだから。
なんだか変な感じだった。間違いなく熱狂していた筈なのに、感覚が元に戻らない。
「ナマエ、ここに座ると良い……ナマエ?」
アポリアが私を呼んでいる。
返事をしなければ。
「ごめん……」
アポリアは言葉を失っていた。なんの前触れもなく急に泣き出したのだ。驚くのも無理からぬことだった。自分でも驚いている。
「な、なぜ泣く」
「ナマエ、何かあったの」
「何もないよ……。私が望んだことだもん。ユーゴは私のことを忘れてうまくやってる。嬉しいよ」
私たちとの思い出はきっとユーゴの枷にしかならない。元いた世界に戻ったらすべて忘れるべきだと思っていた。そして私自身はユーゴと過ごした日々を過去にできると信じていた。
<分岐>
なんだか冷えるねーと言いながらパラドックスの手を取る。視界の端でパラドックスの表情が固まっていたが気づかないふりをした。
「今年は新しいコートでも買おうかな。紺色で膝丈くらいの。パラドックスが去年よく着てたやつ良いなって思ってたんだよね」
「ナマエ」
「なに? 買い物ついてきてくれる?」
「……むりはしなくて良いのだよ」
むりなんて。そう思ったのに喉がつかえて声が出なかった。私は自分の爪先を左、右、と追いかける。二人分の足音が路地に響いていた。
気遣わしげなパラドックスの声色はひどく優しい。繋いでいる手をぎゅっと握るとパラドックスも握り返してくれた。
こんなことなら近況なんて知らずにいた方が良かった。私たちがいない世界でもユーゴは幸せに暮らしている。それは素晴らしいことの筈なのに、素直に喜べない。ただ寂しいだけではなかった。もっと、うんざりするような感情が私の胸中で渦巻いている。
「会いたくなったんだろう」
「そうだね。大きくなったユーゴとデュエルしたり、出かけたり、色んなことしたかったな」
それは今だから思うのかも知れない。いっしょに暮らしていた頃は当たり前過ぎて意識していなかったことだし、別れてから今日までは「できたかも知れないこと」について考えたことがなかった。おそらく、無意識のうちに思考を排除していたのだろう。
ユーゴを元の次元に帰さなければ、だなんて酷いことを……。
「その、私で良ければ付き合うが。少しでも、ナマエの慰めになるなら」
右隣のパラドックスを見上げた。
パラドックスもずいぶん変わったと思う。
「ありがと。好きだよ」
「それは知っている……」
二人して細道に入る。ここを通り抜ければすぐにパラドックスの暮らすマンションだ。
私が少し前に出てパラドックスの手を引いた。
小首を傾げて苦笑するパラドックスを見ると、凪いだ海のような印象を受けた。分かち合おうとしてくれる人が側にいる。もう一度「好きだよ」と言うと今度は素直な答えが返ってきた。