砂漠に川を

6.6.21

Caligula/琵琶坂永至

帰宅部の部室に到着したとき、そこにはまだ鍵介の姿しかなかった。いつものように「やあ」と声をかける。あからさまに彼がうろたえるものだから何かしただろうかと疑問に思ったけれど、私がパイプ椅子に腰かけたらすぐに質問が飛んできた。

「琵琶坂先輩と苗字先輩って付き合ってるんですか」
「なんで?」
「クラスの子が噂してるの聞いたんで。僕もそうなのかなって思ったことあったんですけど、琵琶坂先輩、苗字先輩に冷たいじゃないですか。だからちょっと気になって」

極力校内では接触しないようにしているし、注目されるようなことはない筈だが何が彼らの目に留まったのだろうと首を傾げる。
私の疑問を察したのか鍵介は続けた。

「近いんですよ。二人の距離ってクラスメイトに対する距離じゃないでしょう」
「鍵介と私のこれは先輩後輩の距離?」

なんだか妙に距離を取られている気がして、長机を挟んだ向こう側にいる鍵介と自分の間で人差し指を往復させてみた。その顔からはかすかに怯えが滲み出ている。度胸もないくせに好奇心を抑えられないなんてまさにこども。
(鍵介って実際いくつなんだっけ)
おとなになりたくないだとか言っていたあたり少なくとも私たちよりは年下、なのだろう。そんな彼に私と琵琶坂永至の関係をどう説明するのが適切なのか、よくわからない。

「友だちじゃないけど、恋人でもないんだよね。何かな。訊かれても困るね」
「すみません」
「いや、別に謝る必要はないよ。名前をつけるのが単純に難しいってだけだから」
「……おとな、ですね」

狡いと言いたいのだろうか。恋人だと断言してしまわないことを。
確かにその方が都合が良いとは思っている。いざというときは恋人のふりをし、また状況が変わればなんの関係もないと言い張れる方が強い。しかしそれは現実世界でこそ本領を発揮する。私たちがお互いを恋人と呼ばないのは単にメビウスで恋人ごっこをすることに嫌悪感があるからだ。
バーチャル世界で恋愛することになんの意味がある? くだらない。
部活が終わったあと、私は琵琶坂永至に私たちは恋人なのか、と訊ねてみた。
もちろん答えは否だった。無表情に近い表情で琵琶坂永至は言う。「勘違いされても不都合はないけど、とりあえず否定はしておいてくれよ」
「んー……わかった」
「何か問題でも?」
問題はないが、しかし鍵介に指摘されたことは伝えておくべきか迷った。私も琵琶坂永至も必要とあらば他人との距離を詰めていく。特段パーソナルスペースが広いというわけではない。
邪推する人間もいるだろうが、気にしていない人間の方が数は上回っていそうだ。あえて対策を取れば気にしていると言っているようなものだろう。きっとこのまま何もしないでいる方が良い。
このまま、恋人でも友人でもない関係をありのまま演じ続ける。

「問題ない」

最悪、帰宅部のメンバーに目をつけられなければいいのだ。あとはどうとでもなる。メビウスにいる間くらい、気持ちの良いことだけ考えていたいものだ。
夜になったら琵琶坂永至の部屋を訪れる約束を交わして私たちは別れる。私に対する関心の薄さが心地よかった。
私は琵琶坂永至に協力する。琵琶坂永至は私に快楽を提供する。それだけの素晴らしい関係にはやはり名がない。

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