共通
フェードラッヘの様子を見てきた帰りだと言うナマエと偶然にもグランサイファーまでの帰路が重なり合流したパーシヴァルは、彼女の纏う雰囲気に妙なものを感じていた。フェードラッヘの様子については自分をはじめ、気にかけている者は多いことをナマエも知っているのだから何か問題でもあったのかと訊ねたところで警戒される謂れはない筈だが、それなのに、彼女の反応はどこかよそよそしい。
あらかじめ待ち合わせていたランスロットとヴェイン、そしてジークフリートと顔を合わせてからのナマエはますます口数が減り、誰の目から見ても普通ではないことが明らかである。ランスロットも気がついたのか、道中現れる魔物を狩りつつナマエの方を気にしていた。手技に狂いはないが、あからさまにジークフリートを意識しているのがわかる。
普段からナマエはジークフリートのサポートとして動くことが多い。ジークフリートが騎士団長を務めていた頃からそうだったとパーシヴァルとランスロットは聞いている。騎士団への加入を勧めたことは一度や二度ではないらしいが、彼女は頑なに提案を拒み、最後まで……いや、今でも「ただの協力者」の椅子を守り続けている。パーシヴァルなどはジークフリートから話を聞いた当初、何か重大な思い違いがあるのではないかと訝ったものの、ジークフリートからではなくナマエから経緯を聞いたと言うヴェインの話とは特に矛盾を感じなかった。
「なあナマエ。頼んでいたあれはどうだった」
ナマエの歩調に合わせて彼女の隣に並んだジークフリートがごく普通の調子で問いかけた。ナマエもナマエで声をひそめるでもなく「問題ありませんでしたよ」と軽く答える。
前方を行くパーシヴァルもランスロットもナマエが本当のことを話していないことを直感したがジークフリートはそれ以上追求することなく「そうか」と言ったきり黙ってしまった。
「ジークフリートさんとナマエって結構長いんだよな?」二人の後方を歩いていたヴェインが言う。
この微妙な空気をどう捉えているのだろう。パーシヴァルは後方に視線だけ送り様子を窺った。
「んー……ジークフリートさんが黒竜騎士団に入ったばっかりの頃からって考えれば長い、のかなぁ」
「なんか、お互いすごい信頼し合ってるの感じる」
森の木々が梢を揺らし枯葉を落とす。ランスロットとヴェインが騎士団の視察目的で立ち寄った街ではちょうど収穫祭の準備が進められていたことを、眼前に舞い降りてきた赤い葉を摘み取っているナマエの様子を観察しながらヴェインは思い出していた。
ナマエがジークフリートを一瞥する。
「信頼なんてされなくてもよかったんだよね」
「え……なんで」
周囲にひやりとした空気が流れ、ランスロットのからだが緊張した。ナマエの次の言葉を警戒しているのだ。
ヴェインが言う通り二人は信頼し合っている。だが、ナマエとジークフリートは同じ方向を向いて同じ熱量を共有しているわけではないし、かと言って向かい合う思いを拮抗させているわけでもない。二人はいつもほんの少しだけすれ違っていた。
きっと思いもよらぬことをここで言う。ランスロットが想像した通りナマエは唐突に「ジークフリートさんの心はどこにも見当たらないから」と言って小さく息をついた。
「不満があったのか」
「いいえ。不満ではないんです。でも、何か、どこへも行かないあなたが欲しいと思って」
「ふむ、そうか。具体的には何が? なんでも言ってみなさい」
「……なんでも?」
ナマエの足がその場で止まる。ランスロットははっとして声を荒げた。
「待て! なんでもなんて許されるわけがないだろう。常識的に考えろ、ナマエ」
「ランスロットは黙ってて」
「お前……」
「いいんだ、ランスロット。ナマエには世話をかけた。ケチなことを言うつもりはない」
その場にいる全員が知っていた。ジークフリートに許されたナマエに遠慮はないことを。ナマエにとってジークフリートは絶対なのだ。ジークフリートが聞けない、と言えば駄々をこねたりはしないが「なんでも」と言ってしまった以上、ナマエには「なんでも」要求する権利がある。そしてジークフリートが、ナマエと一度交わした約束を破ることは決してない。たとえ目玉を寄越せと言われても、両手足の生爪を所望されてもいつものように微笑んでわかったと応えるに違いなかった。
沈黙は永遠に続くかと思われるほど長かった。
ランスロットは何も言うなと何度も念じた。
ヴェインは頼むからジークフリートの持ち物程度で我慢してくれと願った。
パーシヴァルは最初からナマエの要求については諦めて、もしも不都合があれば剣を振るうしかあるまいと思った。
分岐
「意外だった」
部屋で装備を整理しているナマエに告げると、彼女は小刀を片手に首を傾げた。ゆっくりと刀身を隠す鞘には美しい草花模様が掘り出されている。いつだったか、きれいだな、と褒めたらナマエは遠くを見るように視線を上げ、「お守りなんだって」と答えたのでそれがジークフリートからの贈り物であることが察せられた。
「なんで髪の毛にしたんだ? 俺はてっきり、目玉とか欲しがるのかと思ったからさ」
「ヴェインの私に対するイメージって猟奇的すぎるよ。目玉取ったらジークフリートさんが困るでしょう」
「うん、まあそうだな」
そんなことをナマエが配慮するとは思えなかったのである。それにナマエは、もっと執着心が強いと思っていた。髪はまた伸びてくる。他の誰かにやることもできる。ナマエただひとりが持ち得るものではない。
「ところでランスロットは? 顔色最悪だったけど」
「大丈夫。寝不足なんだ」
「大変だね。最近は特に、行ったり来たり」
ナマエの返答を聞いたあと、ランスロットはすぐに部屋へ戻った。ふらついていたが安心して気が抜けたのだろう。ランスロットだけではない。あの場ではパーシヴァルさえも胸を撫で下ろし安堵の息をついた。
ナマエの言う通り激務が続いていたせいもあるだろうが、それ以上に二人のやり取りは心臓に悪い。詳しいことは何もかも秘密にされているからだ。隠す様子もなく軽い調子で交わされている言葉の底は他の誰にも知ることができなかった。
ジークフリートの依頼に何か問題があったから、ナマエはあんなことを言い出したのだとは予想できる。しかし彼女が問題はなかった、と言ったからにはその問題も解決してきたのだろう。
何も力になれないことがもどかしかった。彼女がヴェインの力を少しも必要としていないことが理不尽にも寂しくて、どうしようもない。
「ヴェインも元気ないね。疲れた?」
「え、いやー俺は全然!」
「無理しなくていいんだよ。ヴェインだって白竜騎士団の立派な副団長なんだし、いろいろあるよね」
ベッドに腰掛けていたヴェインの前に立ってナマエが腰を屈める。伸びてきた指は前髪に隠されていた小さな切り傷を探し当てた。時間が経てば傷跡すら残らないような傷だ。戦闘中巻き起こった爆風で飛ばされてきた小石がぶつかっただけの。そこにナマエは唇で触れ、目許を緩ませた。「お疲れさま」
「俺は……」言葉に詰まる。
「俺は?」
「俺はどこにも行かないから」
彼女の柔らかいからだに抱きついて言い聞かせるように言うと、ナマエは「うん、うん」と笑ってヴェインの頭を撫でた。