山羊の仔

7.6.21

FGO/ゲオルギウス

今日も衝立の向こう側には人の気配があった。私は部屋の入り口にいちばん近いソファへ腰掛けてローテーブルを爪で二度叩く。誰ですか、と訊ねる代わりに。わたしであるという合図に。
衝立の向こうからは「こんばんは」という当たり障りのない挨拶が聞こえてくる。それは期待通りゲオルギウスの声だった。彼は深夜に談話室を訪れる誰に対しても「こんばんは」と声をかけるのかも知れない。相手が名乗ろうが名乗るまいが、自分に気づいていようがいまいが、関係なくそうするような気がしてため息が出る。彼は素晴らしい人だ。

「眠れないのですか」
「はい。あなたがいてくれてよかった。ちょうど訊きたいことがあったのです」
「私でよければ話し相手になりましょう」

わたしたちの会話はいつもこんな調子で始まる。カルデアに擬似的な夜の帳が降りてから、その隙間でひっそりと。わたしはそんな自身のありようをほんの少し恥じていたが、今さら性根を正そうとは思えず、正せるとも思えず、開き直って狡い自分を見逃していた。もしゲオルギルスの優しさに甘えていると指摘する者があったなら、わたしはただ頷くことしかできないだろう。

「あなたは愛についてどうお考えですか?」
「漠然としていますね」
「偽証をしてはならぬという教えがあるのに、愛は偽証を強いてきます」

この部屋で、ゲオルギウスとわたしが顔を合わせることは決してない。彼がどんな顔をしているのか、わたしがどんな顔をしているのかお互いに知ることはなかった。入退室の順番も決まっている。わたしが談話室に入るのは必ずゲオルギウスの後で、出て行くのはゲオルギウスより先だ。
彼は、わたしがどれだけ取り乱していようとも変わらず落ち着いた調子で応えてくれた。質問をすると直接的な解をくれるときもあれば、婉曲的な言い回しで考えてみなさいと時間をくれることもある。ゲオルギウスの導きがわたしにとって不正確だったことは今までに一度もなかった。
「愛が強いる偽証とはどんなものか、教えてください」彼は静かに言う。
私は膝の上で指を組み、テーブルの上に飾られている紙の花に目をやった。

「嬉しいのに嬉しくないと言い、嬉しくないのに嬉しいと言うことです」
「なるほど。誰かを愛するがゆえに嘘をつかねばならぬことも確かにあるでしょう」
「それは本当ですか? わたしが好きになるべきではない人を好きになってしまったからではなく?」
「あなたの声は楽しそうですよ」
「それも嘘です」

初めて談話室でゲオルギウスと言葉を交わした日、私はそこに誰もいないと思って独り言を漏らした。私が談話室の中に入る前から灯りが点っていたのにも関わらず、他に人がいるとは考えていなかったのだ。
「聞きましょうか」と声をかけられて立ち上がりかけたわたしをゲオルギウスはそのままで、と押し止めた。その一言がなければ彼と言葉を交わしたいとは思わなかっただろう。彼の目に見詰められながら話すことなど、わたしにできるわけがなかった。
衝立の向こうにはゲオルギウスがいる。彼はまるで鏡のように私と接する。鏡というのは嘘の代名詞のようなものだ。そこに真実は映らない。

「恋を楽しんでいるように見せかけてしまうのです。心配されたり気遣われたくないので」
「あなたは充分、自分に正直だと思いますよ。普段は隠しているでしょう」
「普段……?」
「隠してもナマエの苦しみは消えてなくなりません」

わたしは思わず席を立ち上がっていた。「明かせば苦しみが消えるとでも?」その言葉はどうにか飲み込んだが、再び座り直す気にはなれない。

「申し訳ありませんが眠たくなってきてしまったので、今日はこの辺りで……失礼します」
「ええ、おやすみなさい。ナマエ
「おやすみなさい。ゲオルギウスさま」

わたしも彼も、ここで名乗ったことはなかった。いつからわたしのことを知っていたのだろう。
素早く移動したわたしは談話室の扉を開き、振り返る。もちろん衝立の向こうにいる者の姿を見ることは叶わない。

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